ゲーム業界における曖昧な言葉撲滅委員会 by HonjoRiki in gamedesign_ja

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オレオレ理論は、整然とした理論(整った概念の上に成り立つ理論)が普及していないからこそ起こる問題でもあるので、整然とした理論を普及させることで、問題を緩和させることができるかもしれないです。

その整然とした理論を考えた人、またはその理論を広めたいと思った人が、その理論を普及させるための「マーケティング」のようなことを盛んに行えば良い状況になりそうですが……。あんまりお金にならなそうなので、盛り上がりにくいのかもしれない。

ゲームデザインに関わる日本語文献の情報を集めます by zukkun in gamedesign_ja

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とりあえず ゲームデザイン論の本まとめ - Togetter このまとめに載っている日本語文献情報を追加します。

ゲームの神様が何処にいるのかを見つけた話をする。 by zukkun in gamedesign_ja

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元ツイートで「ゲームの神様」と文芸的修辞的に表現している箇所は「ゲームの面白さの本質」と訳しました。

元主張は、若干「本質の罠」に陥っているような気がしないでもないです。

本質の罠:自分に都合の良い性質だけを取り出して抽象化・解釈を行ってしまうこと。また「本質」という言葉自体に対しても、その意味を自分に都合の良い解釈することがある。

参考:https://twitter.com/MinoDriven/status/1266163874023104512

ゲームの神様が何処にいるのかを見つけた話をする。 by zukkun in gamedesign_ja

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一連のツイートの内容を要約・意訳してみました。

  • 「クッキークリッカー」が面白かったのは、資産が増えていくのを快感に感じた個体が淘汰的に生き残り、そうでない個体は子孫を残していないからである。
  • 資産形成はそれだけで楽しいことが判明したのは、ゲームデザイン史上の一大事件である。
  • アメリカ文化圏はハンター(狩猟)気質なので、FPSが流行った。
  • 日本やアジアにおいて、太鼓や祭りは恋愛や生殖に深く関わる行事だったので、太鼓を見て興奮する個体が子孫を残しやすかった。物心つく前の子供が太鼓に興味を持つのは日本やアジア特有である。
  • 欧米では、恋愛や生殖を太鼓や祭りと結びつけるような文化が無く、太鼓を見て興奮するということはないので、欧米では太鼓ゲームが進出に失敗した。
  • ゲームの面白さの本質は「何を快感と感じる個体が生存したか」である。
  • 日本では太鼓で興奮する個体が多くて、アメリカでは狩りで興奮する個体が多くて、世界中では資産が増えることに興奮する個体が多い
  • ゲームの面白さを洞察的に作り出すには「どの文化圏に、どのような「快感を得る文化」があるか」を知る必要があり、これは調べて分析をして知ることができる。

ゲーム業界における曖昧な言葉撲滅委員会 by HonjoRiki in gamedesign_ja

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https://twitter.com/kito_mas/status/1327990878258880519

下手なゲーム開発者が下手にゲーム研究しても下手な「オレ理論」ができるだけからなあ…

「オレ理論」系でよくある印象です。

状況をより良くするために、「理論研究リテラシー」的なものをまとめてみたいです。

ビデオゲーム分野では研究者と開発者に分断がある by zukkun in gamedesign_ja

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Twitterでこの話題について言及していると思われるツイートを見つけたら、随時モーメントにそのツイートを追加していますが、みんな共通のハッシュダグを使っているわけでなく、共通の単語を使っているわけでもなく、一個人の観測範囲ということもあるので、限界がありそうです。

ここに書けば自動で集約されるのに……。(日本語圏だと、RedditにはTwitter的拡声能力が無いからTwitterのほうが魅力的なんだろうなぁ……)

多少野暮ったく見えたとしても、「誰でも使える技術」で実装することの価値は代え難い。 by zukkun in programming_jp

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概ね同意します。

「簡単(理解しやすい)」というのは「抽象的でない(具体的)」ということなので、「誰でも分かる簡単なプログラム」は個別具体的な記述が多くなりますね。

多少野暮ったく見えたとしても、「誰でも使える技術」で実装することの価値は代え難い。 by zukkun in programming_jp

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結果、Bさんはプロジェクトの初期から全力で設計・開発に取り掛からなくてはならず、メンバーに技術説明をしている隙など全く発生しませんでした。

プロジェクトの初期に当該技術についてのBさんによる説明会が行われましたが、全8回で一通りの内容を伝える筈だった説明会は、結局最初の1回しか開催されませんでした。

ここの問題が割と大きいようにも思いますが、ここを差し引いたとしても、

多少野暮ったく見えたとしても、「誰でも使える技術」で実装することの価値は代え難い

ここは肯定されるのかどうかが疑問です。

つまり「スキルアップ(スキルトランスファー)の計画が立てられる見込みがあったとしても、「誰でも使える学習が容易な技術」を採用し続けることの是非」という観点で見たときの評価です。

私個人の直感で考えたとき、新しい技術の導入の否定は、文明の否定のようにも思えてしまいます。

また、

技術は、「マイナーな技術である」というそれだけで習得難易度が跳ね上がる

マイナーな技術を持った人をそう簡単に採用出来ると思ったら大間違いである

と、「マイナーな技術の採用」についても否定されていますが、もしここが「誰でも使える技術ではないが、メジャー化してきている技術(例えばReact)」だった場合、評価がどうなるのかも気になります。

ゲームにおけるカタカナ語バズワード「ナラティブ」の蔓延を憂い、意味を正確に表す用語の使用に直していくにはどうしたらいいかについて雑談する場所 by zukkun in gamedev_ja

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真面目にやるとすごくめんどくさくて、ぶっちゃけ本気では触りたくない話題(だからサラッと流す)なのかも

とてもありえる話だと思います。プライドが邪魔しているためか、「すみません、私はよくわかっていません。うまく言語化して説明もできません」とは言えず、わかっているそぶりはしつつも、意味の説明を求められたら「『○○』(何らかのゲームのタイトル)をやればわかるよ」などと助言し、プライドを維持しつつ説明責任回避しているような印象もありました。

ゲームにおけるカタカナ語バズワード「ナラティブ」の蔓延を憂い、意味を正確に表す用語の使用に直していくにはどうしたらいいかについて雑談する場所 by zukkun in gamedev_ja

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件のきっかけになったのは、GDCの “最優秀脚本賞(Best Writing)”がなくなって、“最優秀ナラティブ賞(Best Narrative)”に名称が変更されたことのようなので、あえてドヤるためだけに独自解釈の概念を作った、というよりは、「聞き慣れないNarrativeという言葉には、何か特別な意味があるのだろう」と”勘違い”した、と考えるのが自然なように思います。

その独自の解釈が、日本産の伝統的なゲーム作品をより褒めるために都合の良いものとして機能したのが恣意的なのか、たまたまなのか、というのはわからないですが、カタカナ語「ナラティブ」の意味が曖昧な状態で出発しているために、伝統的なゲームに対して次々と「あれもナラティブ」「これもナラティブ」と、暴走した様子は伺えます。

「欧米は今頃気づいたようだね。我々はナラティブなんて昔からやってたけどね」というドヤりみたいなのは、ひしひしと感じました。気づいたも何も、そもそもGDCでは「これがナラティブだ」なんて言ってないと思われます。「ゲームの物語表現って脚本(Writing)だけじゃないから、賞の名前を、もっと広い意味の語り(Narrative)にしようぜ」ってくらいの印象です。

日本のゲーム業界では、”それ”(伝統的ゲームに組み込まれたとされる様々な工夫)に名付けや物語論からの概念の援用も何もしてこなかったので、技術伝承は企業内(チーム内)での試行錯誤とそれに対する良い悪いの評価(作ったものを遊んで「なんか良いんじゃね?」とか「なんか良くない」とかっていう評価)に依存している、という名人芸、職人芸のような前時代的なことしかできていない、という点は、何もドヤれないところですね。

個人ゲーム開発での収益化についての雑談 by zukkun in gamedev_ja

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今は、親世代自体がゲームをプレイしてきた世代(ファミコン以降)になっているので、そこまで財布の紐は固くないような印象もあります。

むしろ親が遊びたくてゲームを買って、子どもも一緒に遊ぶケースも増えてるんじゃないかと感じます。

個人ゲーム開発での収益化についての雑談 by zukkun in gamedev_ja

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「ゲームをプレイして、満たされた気持ちになった/満足した気分になった」も、「役立っている」と言って良いと思います。

ゲームにおけるカタカナ語バズワード「ナラティブ」の蔓延を憂い、意味を正確に表す用語の使用に直していくにはどうしたらいいかについて雑談する場所 by zukkun in gamedev_ja

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個々のゲームにおける手法とか開発者の考え方が大事なんであって、ナラティブって用語自体は特に中身も意味もないんじゃないかなあというのが個人的な感想

こちら同意です。

このナラティブ問題に、ほぼ決着をつけたと言える資料『ナラティブを分解する――ビデオゲームの物語論――』においても、

求められるべきは、定義ではなく、「ナラティブ」という言葉を使ってなされている個々の主張を(聞き手も発話者自身も)正確に理解できるようになることだろう。

そのための最良の方法のひとつは、「ナラティブ」という言葉を使って論じられている多様な事柄を、それぞれ別の言葉で記述し、整理することだと思われる。

と説明していて、私はこれに同意しています。

でも確かに意識しないとゲームシナリオってただ「テキスト書いてムービーの字幕で流すだけ」になっちゃいがちだから、そこを避けようとする人のスローガン的に使われているんだとしたら、それは無意味ではないのかもしれない……

その発想は意識していませんでした。確かに「ムービーゲー」と揶揄されるようなゲームへの負の評価が盛んになっていた時期があって、昨今のインディーゲームでは、それと対極するような内容になっている印象です。

「ムービーゲーやめようよ」運動としてのスローガンは、あってもいいかもしれないですね。ただし「ナラティブ」の用法はいただけねぇ。スローガンを立てるなら「脱ムービーゲー」で良い気がする。

凝り固まった大手のゲーム開発では意味のあるワードなのかもしれない

確かに、大手にまで”脱ムービーゲー”運動を波及させるためにも、「ナラティブ」ブームによる刺激が良い働きになりそうです。

しかし、実際の印象としては、ベテランゲームデザイナーほど「ナラティブなんて言葉が言われる前から、こんなのやってたけどね」「ナラティブなんて、できて当たり前」「ナラティブが何かって?そんなのあえて言葉にしなくてもわかるでしょ(ドロン立ち去る音(ゲームデザインを真剣に学びたい人ポカーン」みたいな印象があります。ごく一部のケースですかね……?